2011年4月28日木曜日

四十九日にして言わなきゃ行けない

日々何もかもが進むスピードが速い。
先月起きたニュースは皆の頭から消えてしまう。
それはこの震災もそうだ。

はっきり言って現場レベルでは何も変わっていない。
多くの問題が浮き彫りになってきている。
雇用、老人介護、農業、瓦礫、住宅、避難所の問題・・・。
すべては一進一退。
「日本が一つになった」とか過去形で話している人らも居たが、
おいおいまだ何にも始まっていないし、終わっても居ない。
そして外野で偉そーに震災の事を良い事であれ悪い事であれ話している連中は、
特に最悪だ。
わかってる。
あの「一つになろう」というメディアの煽りに反抗している人らも居るってことを。
けれど震災に関して思う事とか、書くのはよしてくれ。
あんたら全員とんでもなく寒いよ。
そんな事を書く暇があったら、
もっと被災地の情報に多くの人が関心を持ってくれる様に伝えてほしいよ。
あーあ、そこにもどうせ村的な意識があってできないんだろうけどさ。
テレビのチャンネルと一緒だよ。
どんな世界であれつまんねーネームバリューだぜ。
日本は狭い。
だから被災地に行っている間に自分の椅子をとられないか心配なんだろうな。
まさかとは思うけど、放射能怖い何て言わないよね?
被災ビジネスだよホント。

先日、
ある会合で一緒になったジジイが僕に向かって被災地やら放射能に関して御託を並べやがった。
一見非常にユーモアがあって人道的な見方の話。
それで僕は「福島市に住んでます」というとまるっきり態度を変えて、
「今の話は正しいよな」という風にすり寄ってきた。
そのあと僕がどうしたかは書かない。
ただ、ただじゃおかないのは年下だろうが老いぼれだろうが変わらない。
権威があろうがなかろうがね。
そして僕がそいつを好きか嫌いかも。
この出来事に関しては特にそうだ。
寒いし、古いよ。
震災以降の世界は今まで考え方では通用しない。
だから今遠くに居る人は黙っているのが一番かっこいいんだ。


今信じられるのは黙っている人と、
実際に行動している人だ。
この震災でそれがようくわかった。
今何かを言っている人、書いている人、
彼らの段階は一ヶ月前で止まっているし、そこで終わっている。
でも実際にはもっと良い事も悪い事も進んでいる。
結局、その人らもメディアがなければ生きて行けないんだ。
僕らはメディアの情報も、そして現場の情報も肌で感じる事ができる。
だから主観を使う事ができる。
「客観的」という言葉を履き違えないでもらいたいね。
客観性は必要だが、その人らが書いている事は客観性も何もない。
主観というなら、喧嘩売ってんのか?


本当に、
その有名人それぞれが、
一つ一つの情報を分担して伝えてくれれば良いのに。
何もする必要はなくて、
ただ関心を持つだけで変わる。
朝晩は冷える。
僕はその度にあの日の出来事を思い出す。
きっと被災者はみんなそうだ。
その時にどうやって耐えたか、明日はどうやって生きるか。
そして今もそれが続いている所がある。
瓦礫の町で、
暮らしている人も居る。

これを見てくれている皆さん。
どうか、
良くなったなんて思わないで。
僕らはこれから海外へも意欲的に伝えて行こうと思っています。
その一つ一つが経験になり、そして次の困難へのヒントになるはずだから。
東北人の前に日本人、日本人の前に人間。
あの日助けてくれた世界中の人。
そしてこのブログに早くからアクセスしてくれた世界中の人。
本当にありがとう。
ぼくらはやはり元気。
まだまだ耐えるつもり。
福島県民はタフです。
被災地はどこだってタフです。
でもそれは皆さんが一つ一つの事柄に関心を持ち、
忘れないでいてくれる事が前提にあります。
皆を迎え入れられる事を前提で踏ん張っているのだから。

連休です。
県内はお店も飲食店、衣料品店、前を向きつつ助け合っている。
福島にお越しの方は少しでも町を、村を歩いて感じてください。
「連休に来る」というメッセージをくれた方々。
本当にありがとう。
放射能に関しては僕らが出している情報の通り大丈夫。
安心してお越し下さい。

何もないのは目に見えている所だけで、
ここには沢山の徴や記号が舞っています。