地震のあと僕らが思ったのは「古い事が新しい」だった。
『古い事が新しい』
それは間違いなく未来の発見に他ならない。
東京では押さえた電力にみんな慣れている様子だった。
僕が思うに、
もう少しぐらい暗くなったり物の量が減ったとしても問題ないんじゃないかと思う。
あとはもう少し人とのコミュニケーションを増やすだけなんじゃないか。
大昔、
物を買うにはお店に行って人間と話さなければいけなかった。
店へたどり着くにも、道を歩いて人に聞かなければいけなかった。
間違った情報を教えられ、本来の目的とは別の方向へ行く事もあったかもしれない。
店へたどり着いても頑固な店主に追い返されたかもしれない。
目的の物はそこには置いていなかったかもしれない。
僕らは殆ど同じ事をライフラインを手に入れる為にやった。
人とのコミュニケーションにはデマや余計な情報も入ってしまう事を知った。
そして終わってみれば意外にできてしまうという事がわかった。
今まで考えられなかったその生活がとても生き生きしているように感じた。
苦しい人を目の前に誰もが声を掛け合ったし、分けあった。
それが全く知らない人でも関係なかった。
それは僕たちが人間に戻った瞬間だった。
あの日から一日が長く感じている人はいないだろうか?
僕は一日がとても長く有意義に感じる。
それは東京にいてもそうだし、たぶん何処にいても一緒だ。
本来の人の時間とはこういう物だったのかもしれない。
電車とマクドナルドで、
全く同じ様な言葉を聞いた。
「また地震おきないかな・・・」
わかるよ。
わかるけどそうじゃないんだ。
僕らの準備はできている。
今までの人の倫理を問い、生活と原発を減らすバランスを取り、
もう少し人とのコミュニケーションが取れる
新しい世界への精神的な準備はできている。
Stay,thou art so beautiful!
人は本当に最高の瞬間に死ぬ事ができるのか。
この人生の最後の瞬間に満足して死ねるのか。
ファウスト博士の様に。
僕はあの日人間に戻れたのに死ぬ事ができなかった。
という事はそれはまだ最高の瞬間には遠かったという事だ。
あの地震が壊した人と人の間の壁はまたできつつあると思う?
いいや、
あの冷たい壁がまたできるには相当の時間がかかる。
今は戻っている様に見えるだけ。
行動すればそれが間違いじゃなかったと見えてくるはずだ。