震災後大森には恐ろしい噂が流れた。
「酸素を背負った人が歩いている」と。
僕はとなりの小学四年生の子供から話しを聞いた。
「背中に大きい酸素を背負った人が夜に自動販売機でジュウデンしてるんだって!」
想像するに古い潜水服を着たダイバーみたいな感じかな?と思った。
『BIOSHOCK』という海外のゲームみたいな。
ついに本気でいかれちまった奴がいるのか、それとも何処かの機関の奴か。
後者だとしたら福島市内はかなり汚染されているのかも・・・。
どうなってんだ?
見えない恐怖がついに姿を現したか!?
夜中に自動販売機に行くのはよそうと思ったけれど、
好奇心で夜出歩いたが姿は何処にもなかった。
奴は何処で何をやっている?
夜中に聞こえるすきま風が奴の酸素の音に聞こえて仕方ない。
震災から二週間後、晴れた日にばあちゃんの仲間が庭に集まってお茶会をやっていた。
みんな楽しそうで、僕や帰省してきた友人も混ぜてもらって楽しんだ。
途中余震があったけれど仲間達の「姉さん(司令塔)が放射能にやられて転んだと思った」という言葉で笑いに変わった。
全員で七人ぐらいいたか、みんな笑顔でいつもとまるで変わらないが、放射能の知識をこれだけネタにし、身につけたお年寄りがいる県もなかなか珍しいだろう。
その日は楽しく終わり、こういう日、東京へ行く日、そして新しい日々とやってくる未来、それを考えると最高の人生だと思って眠りについた。
朝起きて違和感に気付いた。
昨日のお茶会にはいつもの一人が足りない。
その人はNさんと言うおばあさんで、顔がしわくちゃで所謂サバイブしたロッカーみたいな人だ。良く言う○○○顔みたいな。
だから従兄弟は大森のキース・リチャーズと呼んでいて、
僕らは本当に小さい頃から遊んでもらっていた。
キースは最近肺の調子が悪いと聞いていた。
従兄弟と「○○のやり過ぎでついに呼吸系か!」と笑っていたが、
二人ともとても心配だった。
人がいなくなるのは家族でなくとも寂しい。
僕や従兄弟の心には『Wild Hoses』をバックに寝転ぶキースが浮かぶ。
あのストーンズの映画みたいに。
急に悲しさがこみ上げてくる。
あんな歌は今は聞きたくない。
どうせなら『Happy』をミックと熱唱するキースが良い。
僕はもしかして?と思って恐る恐るばあちゃんに訪ねた。
「きのうNさんいなかったよね?」
「誰?ああ。地震から見かけないな。何してんだろ?忘れてた」
ゲラゲラ笑いながら「電話かけてみるか」とばあちゃんが受話器をとった。
どうやら無事らしく今からうちにくるという。
現れたキースを見て僕の心にストーンズの『Paint It Black』が流れる。
キースはヒッピーみたいなサングラスに、馬鹿でかい旅人の様なリュックを背負って、片手に部活で使う酸素の缶を持っていた。
流石のばあちゃんも何も言わずにいた。
「なん...ですか?それ?」
「アハハハ!放射能とんでんだべ?ニュースで見て酸素がなくなるから孫の酸素と嫁のめがねかりてんだ!目に入ると見えなくなんだってな。元々見えないけど」と爆笑している。
この話しにどんな落ちをつけていいのかわからない。
ただ、本物のキースの様にNさんもかなり大げさで派手だったのは確かだ。
たぶん、、、酸素を背負った人と言うのはNさんだったと思う。
ばあちゃんの仲間達は説得して直ぐに止めさせた。
やっぱり惚けている訳ではない。
大森の噂。
それは大昔の『Factory Girl』が起こした勘違いから来る事件だった。
この恥ずかしくも恐ろしいニュースを、誰かが黒く塗って欲しい。
因に隣の小学生は今だに自動販売機の謎に拘っていて、
今日も夕方になると二階からの双眼鏡で自動販売機を監視するのだった。
今の彼女には『Tumbling Dice』がとっても似合うだろうな。
サイコロを転がす様に人がいつどうなるかなんてわからない。
だったら出た目を楽しんだ方が得だ。
余震で予想外に転がったサイコロの目を更に転がす彼女の様に。