2011年4月5日火曜日

おっさんは世界一寂しい生き物

まだまだ大森も小さな損傷が残っていて
毎日どこそこへいっては手伝いをしている。
頑張るのは死ぬ程嫌いだが、
大森はお年寄りやひ弱で可憐なマダムが多いから
ここは若者の出番と言う訳だ。
気付いたら指の腹にたこが出来ていた。
僕は近所のおっさんと一緒に手伝ったりもするのだが、
おっさんは人使いがとにかく荒くて自分が世界一完璧だと思っている。
だから僕のやる事なす事が気に入らないらしい。
おっさん達とは初対面だというのが殆どと言うのを書き忘れた。
「うるさい!」とか「お前の仕事をやれ!」とか僕が言っても絡んでくる。
「なんだその口の聞き方は!」「もう俺一人でやるから帰れ!」
と言いながら僕の分の仕事を運んでくる。
そんな事をやりながらも完成した後それはそれは完璧だったりする。

大森のおっさんで僕らの中で有名な一人が、
イチゴを作っているTさんだ。
デニムにネルシャツにJAのキャップで軽トラを駆っている。
うちのじいちゃんにかしがあるらしく、頭があがらない。
顔がなんとなくアレン・ギンズバーグに似ているから、
弟は「ストロベリー・ギンズバーグ」と名前をつけた。
ギンズバーグは時期になるといちごを毎日大量に持ってくる。
もの凄く大きくて甘いやつ。
文字で書くと大森のギンズバーグにはとても合わないけど。
ギンズバーグはヨーロッパが大好きで、年に数回農業の研究で向かっては
日々美味しいイチゴの為に新たな方法をためすのである。

あるイチゴの時期
弟と庭でギターを弾いていた。
それが最高の贅沢に感じるならあなたは都会に住み過ぎだ。
田舎はそんな事もできてしまう。
確かThe ClashやWireのアコギバージョンをやっていたんだと思う。
もの凄く晴れていて、光線だけで飛んで行きそうだった。
すると弟は「ライクアローリングストーンが聞こえる」と空を見た。
僕はむかつく奴だなぁと思った。
お前はポール・マッカートニーかと。
「朝起きたら勝手に音楽が流れてきた」だって。
きっとジョン・レノンは死ぬ程むかついただろう。
だから無視をしたけど、空を見ると僕にもはっきりと聞こえてきた。
けれどそれは夢想でもなんでもなく、
現れた音は大森のギンズバーグの軽トラだった。
軽トラから武道館バージョンの『Like a Rolling Stone』が爆音で流れていた。
いつもの様に挨拶をすませイチゴを置くと「じいちゃんばあちゃんに宜しく」と帰って行く。帰りがけはRoxy Musicの『More Than This』。
どうなってんだ?
野いちごとギンズバーグのトランジション。
そのイチゴはヴィーナスが宿る様に官能的な艶やかさだった。
弟がすぐさま宇宙語で『Like a Rolling Stone』を歌い始め、僕はシンセで80年代の味付けをしたのは言うまでもない。

後から聞いたことだが
Tさんは「しらねぇなぁ」とディランが好きでも記憶にもないらしい。
Roxyに関しては一応知っているらしかったが。
どうなってんだ?
僕と弟はベルイマンの森で夢でも見たと言うのか。

僕に言わせればおっさんの行動や言動はただただ滅茶苦茶だ。
けれどそれを間違っていると全否定できる程僕は生きていない。
そしておっさんが作る物は説得力があって、完璧だったりする。
震災後一緒に作業をしたおっさんとビールを飲んでいるとき、
僕はそのでっぷりと出た腹をして「どうなってんだよ」と大笑いした。
おっさん曰く「夢と経験がつまってる」らしい。
その台詞は他のおっさんからも散々聞いた。
たぶん「おっさん語」の一つだから、
解読にはかなりの量のビールと娘や息子の罵声で哀愁を高めないといけないだろう。

そんなおっさんの一言で傷ついて怒ってしまう若者がいるらしい。
「初対面でなんでそんな事言われないといけないんだ」と。
僕はそいつらは腰抜けだと思う。
たぶんそいつもそいつの周りも大した事がない。
ユーモアがないんだろうな。
会ってみても煩いだけで雰囲気も知性もまるで感じないんだから。

けれどこれから育つ子供や若者はそんな事は無い。
愛情は言葉や態度だけではないという事を知っているから。
震災後に小学校で僕が出会った中学生や、高校生は本当にいい目をしていた。
そしてそこに集まるおっさんの話しを真剣に聞き、動き、真っすぐだった。
調子に乗るおっさんの背中には冷ややかなマダム達の目があったけれど、そんな日常に気付かせてしまう程僕は野暮じゃない。

これから若者とその若者には何ができるだろう。
言葉と身体。
この世界の寂しさを誰よりも知っているおっさんから学ぶのも悪くない。