2011年4月3日日曜日

ロックンロールは妄想

僕のロックンロール生活には様々な登場人物がいる。
弟とは今だに沢山のレコードを聴いていて意見の相違が新たな刺激に繋がっている。
中学生の時の先輩は日本語のロックンロールを聞きながらお互いに教え合った。
高校の時の友達とは沢山のライブやクラブへ行き最高の瞬間を数々経験した。
高校の時の町田生まれのバイトの店長はプログレや60年代ロックンロールが好きで色々な事、例えばボウイとイギーとルー・リードの甘い関係が作り出した数々の傑作の事を教えてくれたり、出張に行く度に西新宿で海賊版を買ってきてくれた。

けれど彼らを超える強烈なキャラクターがいる。
それは今は無き西新宿のアパートの一室のレコード屋の店長だ。
とんでもない奴でまるで駄目人間の象徴と言う感じだ。
年齢不詳。
気持ちの悪いオールバッグにいつも似た様なタイダイのシャツに穴の空いたデニム。
極めつけが裸足ではく田舎にもない様な便所のスリッパ。
一体何の影響でそんな事になったのかわからない。

その親父はいつもお気に入りがあるとそれ以外のレコードを完全に無視した。
「このレコードがあれば他の物はゴミだ。わからないなら帰れ!」
たばこを吸わないくせにヒッピーみたいな灰皿があってそれが死ぬ程むかつく。
あるときThe Whoの『My generation』の再発が決まって一時期はその話しばっかりになった事がある。
高田馬場のバーでブルースを聞いていた時の事。
「持ってるか?聴いた時はあるか?」
僕は録音した物しか持っていなかったし、CDを買える程も金を持っていなかった。
「お前のうちに沢山レコードあるだろ?それ全部売ってマイジェネレーションを買え。それが嫌なら家賃を一回ぐらい滞納して金を作れ。ブルースから進化したロックンロールはあれで止まっているから他は必要がない!」
滅茶苦茶だったしバーの店主もイライラ来ていた。
僕の知っている音楽評論家も似た様な事を言っていた。
しかし僕は何も売る事なく
マイジェネレーションのオリジナルLPを手に入れる事になる。
その親父がくれたのだ(CDは自分で買った)。

その親父は東京以外で生まれ育った田舎者を馬鹿にしていた。
「ロックンロールは田舎者にはわからない。だからお前がいくら聴いても無駄だ」と。
何度その台詞を聞いたかわからない。
けれどある日こんな風に言った事がある。
「ロックンロールは田舎者にはわからない。しかしロックンロールをできるのは田舎者だけ」と。
その時ばっかりは文学賞級だと思った。

震災後沢山の人から連絡があった。
その親父もその一人で100年ぶりぐらいに話しをした。
きっとこのブログも見ている事だろう。

今日になってやっと自分の部屋を片付けられる様になった。
何日か前にも手を付けたが、まるで散らかしてるだけになってしまった。
ステレオのスピーカーが墜落してて中が割れたらしい。
音楽をかけるとバリバリと音がする。
そのスピーカーでロネッツの『Be my baby』やキングスメンの『Louie Louie』
そしてリトル・リチャードの『Lucille』を聴いた。
悪くなかった。