2011年8月16日火曜日

「ランダムなもの」


ランダムなもの?

それは凍結した人のココロを
やんわりとほぐしてくれるか?

ランダムなものは、まさに法則の欠落や、
意味の連なりの「極薄状態(アンフラマンス)」や断裂等により、
人を安らぎに導くどころか、
名状しがたい不安や混乱に陥れたりするのではないか?

しかし、たとえば、ミシェル・フーコーの『言葉と物』の冒頭での
彼の驚きと笑いと困惑についての記述---すなわち
ボルヘスのテクストに引用されていた『シナのある百科事典』の
動物の分類表に彼が初めて接した時の
大きな衝撃についての記述によると
事はけっこう〈恐慌=喜劇〉にもなる。

その『事典』には
フーコーならずとも
これが果たして動物の分類表かと
誰しもが自分の目を思わずこする
驚くべき「動物名(?)」
が列記されている

「動物は次のごとくに分類される。(a)皇帝に属するもの、
(b)香の匂いを放つもの、(c)飼い慣らされたもの、(d)乳呑み豚、
(e)人魚、(f)お話に出てくるもの、(g)放し飼いの犬、
(h)この分類自体に含まれているもの、(i)気違いのように騒ぐもの、
(j)数え切れないもの、(k)ラクダの毛の極細の毛筆で描かれたもの、
(l)それら以外のもの、(m)今しがた壺を壊したもの、
(n)遠くから蠅のように見えるもの。」

これを一覧したかぎり
いったい誰が笑いださずにいられるだろうか?

ここでは、「分類」は「皇帝に属するもの」といったぐあいに
いかにも荘重に始まりはする。だが、それは
ただ単に始まっただけのことに過ぎず、
その意味=方向は発端からしてひとつの〈暴発〉、
その先行きは茫漠たるものだ
そして発端がこれほどまでに不分明なものであるなら、
あとは雪崩打つかのようにして、
蓋然的なものや、
恣意的なものや、
極度に特殊・ 個別的なものや、
薮から棒に〈今しがた目先で起きた事柄〉へと
「分類」は〈散乱〉してゆき
「列挙を支える(接続詞の)《と》を崩壊
(フーコー)させつつ
ついには「人魚」という絵空事のものまで
ことも無げに
おおらかに併せ呑んでゆく。

これはラブレーのガルガンチュアも青ざめかねない
凄まじいランダム性の饗宴での大食行為(グルマンディーズ)だ。
しかも そのうちの一項目には、
言うべき言葉を欠いてのことか、
なんと「それら以外のもの」という「動物」が
分類・表記されているのである!

ならば、ことのついでに、その「表」に、
ボルヘスの『幻獣辞典』に登場する獣たちや、
カフカの糸巻き状の奇怪な生き物「オドラデク」や
犬と羊と猫を混ぜ合わせた「雑種」のペットを挟んでみても、
何らの違和感もありはしないだろう。
フーコーはこの種の分類を
「混在郷(heterotopie)」と名付けているのだが、
そこには西欧の伝統的な分類法では
想像さえし得なかったランダム性が
あっけらかんとのし歩いており
それがフーコーの西欧的な「思考」のシステムを根底から揺るがし
彼の驚愕と哄笑と困惑をいちどきに引きずり出したのだ

だがこの種の可笑しさや混乱には、
作為と無作為の違いがあるが、
東京駅での年毎度の「遺失物一覧表」(公表は既に廃止)の
途方もないランダム性も〈負けて〉はいない!
そこでは膨大な数の人々が、
ほとんど悪無限的に毎日毎日〈勤勉〉に置き忘れてゆく
傘や財布の山はともかくとして、
その品目が稀少なものになるのに応じて、
そこにはフランスの詩人ロートレアモンの
「こうもり傘とミシンがその上で不意に出会う手術台」や、
ダダイズムのランダム性も〈途端に顔負け〉の
なぜ置き忘れるのかが不可解な事物の名前が
互いにそっぽを向いたまま
隣り合っている、
つまり、
がんらい〈共通の場所(=フランス語では「紋切型」の意あり)〉を
いささかなりとも持たなかった〈もの〉たちの名が
東京駅の遺失物係の「一覧表」という
にぎやかな共同墓地で
唐突に鉢合わせさせられ
コンテキスト以前のコンテキストの途方もない〈現前性〉が
恐るべき光芒をおびて人の驚きや哄笑を誘いだすのである。

「籠に入った蝮六匹
総入れ歯
合唱大会の優勝旗
義足
忍者用の装束一式
西欧中世騎士社会の貞操帯
小指の瓶詰め
腰掛け用の象の足
かつら
国会議員当選証書・・・etc.・・・etc.」

わっは、
これらの忘れ物たちをネタにいろいろと想像させられるし
「 小指の瓶詰め」というのは
何だかちびっとコワイ感じだが
世界の中でももっともおぞましい駅の一つの東京駅でも
それとは〈知らずに〉
幾らかガンバッテ〈笑わせて〉くれているのか?

(註)「極薄状態」・・・マルセル・デュシャンの造語。
ちなみに「極薄状態」とは、眼差しが一瞬交わって逸れるとき、その交換は超薄的。
「物は愛でられ見つめられる程、超薄さを失う」、「蜘蛛の巣は超薄さの残骸である」、
「煙草の煙と、それを吐く口の匂いが同じときに、二つの匂いは超薄さで結びつく」、
「硝子のうえの絵は描かれない面から見るとき超薄的。」等々・・・・

言葉Y先生、写真K