2011年5月25日水曜日

Fukushima City at Night 10

新浜公園

あの時のまま

止まったまま...

不機嫌なトラック//Country House

先日現場で働くYさんと日本が世界に誇るジャンクフード『ラーメン』を食べに行った。
ところでYさんはアメリカのトラックに乗っていて、
それはそれはパワフルで福島の自然にバッチリなのだが、
どうにも不機嫌なのだ。
基本的に温度差が激しいと機嫌が悪くなるようで、
まるで話しかけるが如く優しく、時に厳しくエンジンをかけないといけないらしい。
らしいというか、僕は待ち合わせの直前にそういった状態になった事がある。
『かかれクソッ!チクショーめ!』という映画の風景を思い浮かべてもらえれば。
BGMはBlurの"Song2"あたりで。
間違ってもAC/DCはいかん。
どちらも大好きなバンドだけどね。

今は行きたい場所へ行くのに気象条件に左右される事は殆どない。
熱くても中に入れば涼しいし、雨が降っても所謂地下道などを通れば濡れずに目的地へ着く。
車は間違いなくエンジンはかかるし、カメラも防水で間違いなく映る。
良く考えれば素晴らしい事だ。
しかし、
何となく、それが虚しいと思う事がある。
何となくコントロールされ、自分で選んでいないと思う時がある。
たまには映らないカメラやエンジンがかからない車。
それがある事で何となく人間らしい気になれたりする。
物心ついた頃からなんでもあった僕らの世代には何故か新しく感じる事もある。
その新しさは井戸水を見つけた時の新しさと似ている。
電気がついた感動や水が出た感動。
その素晴らしさは何度書いても表現しきれない。
わかるかな?
電気がつくんだよ!水がでるんだよ!
凄い事なんだ。
そしてその素晴らしさを伝えあったのはデジタルツール。
両方ある事がどれだけ素晴らしい事か。

Yさんがトラックに乗るのは週に二三回、主に休みの時だという。
それ以外は自転車や通常の日本車だ。
別に古い物だけにこだわっている訳ではない。
在る物があるからこそ、使える物があるという事。
コンビニがあるから時間と戦う激しい仕事にもついていける。
地元の食堂があるからたまの休みに時間を長く使える。

「いつかそのトラックにライカを乗せて原発へ行こう」
そう約束したのはこの人だ。
僕は信じている。
福島県が彼の世界の様にならない事を。
だから僕らは行くのだ。
その時までに大きくて四角いカメラを手にしておかないと。
そう、
Yさんが好きな建築写真家の様に、
僕も永遠に原発を記録しておきたいのだ。
負の遺産としてではなく、その時にある素晴らしい未来の始まりとして。
福島にしかないものがある。
事故の原発と四季折々の自然。
たぶん、僕は行けると思うよ。
何故?って首を傾げる日はそう遠くないと思うよ。
人は自然に助けられるのさ。
お年寄りを大切に。農業を止めちゃ駄目だ。
田舎暮らしを大切に。
その人達が救世主になるはずだ。
きっと世界を変える発見は東北から生まれる。

不機嫌なトラックや不機嫌なカメラや、
不機嫌な地球。
心を通わせ技術を磨き、その性格を愛らしく思うことも大事だ。
ボタン一つでできる事が多いなら、
不機嫌な世界を覗いてみても良いと思うんだ。
そのぐらいの余裕、
今の日本人にもあると思うよ。

やってやろうぜ!
Caught up in the centuries anxiety
今世紀最大の不安にどっぷりつかって
"Country House"

Fukushima City at Night 9

2011年5月24日火曜日

宿命の出会い

福島市平石地区です。

近くに平石小学校があります。

地震以前はこの場所には
エイリアン[ビッグチャップ]とプレデターそれと
巨大な恐竜の鉄像が
展示してありました。

なんだか、このガンダム
お地蔵さんの
ように静か佇んでいました
ガンダムマニアの聖地
になったらイイなぁ~
以上メッセージTさんより。

どういう事だよ・・・。
突っ込むところが多すぎて何も出てこない!
というかビッグチャップって・・・個体の正式名まで出てくるって。
というか、その三つのキャラクターと
白亜紀に絶滅した生物はどうやったら繋がるんだよ!
というか、二枚目光り過ぎじゃないか・・・。
そんな福島断固拒否する!
ちょっと待て、
地震あったからって何もかも許されると思うんじゃない!
ガンダムとエイリアン(ビッグチャップ)とプレデターと...
えーと恐竜?
絶対嫌!駄目!
しかし出会っちゃったもんは仕方ないしなぁ・・・。
ってか、鉄像って...鉄像って...
ワードだけで気になる。
行きます。
こりゃあ発見だ。

写真投稿Tさん

何を怒ってるの?

この人は初登場のときから
なんかこっちが悪い事でもしたかの様に怒っていた・・・。
ボソボソとまるで自分自身に話すかの様な会見は、
「どうせわかんないでしょ?」的な態度と相まって、
国民の怒りをより一層買ったであろう。
僕の市内に住む友人も「俺たちはこんな目にあっているのに何だあの態度は」と怒り心頭だった。
しかしながら怒っているのには理由があると思う。

『彼が僕らの知性の低さに落胆していたら』
例えばもし理系特有の「なんでわからないの?」という所から来るなら、
彼は僕らの知性に諦めを感じているのだろう。
そこに関しては謝らなければいけないかもしれない。
知った顔で放射線の演説をぶちかましている一般人より、
この人の方がわかっているのだし、更にトップ企業であるトーキョー電力様々の役員様が直々に会見を開いてくれているのだから、そこはやっぱり僕らが譲るべきだろう。
譲った上で彼の知性まで僕らも高め、一度詫びを入れ話しを聞けば、
彼もニコニコと話してくれるかもしれない。
「今回はごめんねぇ」ぐらいは言ってくれるかもしれない。

『彼がまったく放射線の事を知らなかったら』
それは僕だって怒りたくなるだろうな。
色々知ってるトップの社長はバカンスで口を塞がれている。
下は下で妖怪みたいな言葉を話す連中。
「これ読んどいて」と毎回渡される専門用語満点の書類。
(これが私の仕事なのだ)と言い聞かせ会見に出て行き、
自分と同様まるで中身がわかっていないメディアに同族嫌悪。
しかしあっちは言いたい放題。
(私には決定権はない)と思いつつも悪たれの一つ自分自身で決定もしたくなるだろう。
それが毎回続くなら確かにイライラしてくると思う。

『彼が病的な程に人見知りだったら』
このパターンは最悪で、
そういう人は何処へ行っても勘違いされてしまう。
きっと彼が眉間に皺を寄せたりの態度は、
緊張してしまうときに出る「助けて」の合図なのだ。
夜のお姉さんがいくら愛想が良くても、
流石に悪評の連続だろう。
こういうタイプが一番嫌われるのだ。
その場合先ずは自己啓発セミナーにでも通った方がいいと思う。
事故の収束は長期戦。
どっちにしろ話し上手聞き上手な夜のお姉さんも無理なのだし、
一ヶ月ぐらい通った上でまともなコミュニケーションを身につける事が得策。
そしたら夜のお姉さんに生まれ変わった自分を見てもらい結果を出すのだ。
それからでも会見に出てくるのは遅くない。
頑張れ。

『彼がこの世界で一番偉かったら』
まいった。
そうだったのかと、顔を見ていた事すら罪になってしまう。
知性がどうこう言っている場合ではない。
僕らは非を認め、思い思いの贖罪をしなければならない。

うーん良くわからない。
まさか、
事故に関して何も感じていないと言う事はあり得ないだろうしなぁ・・・。

そういえば、
彼の言葉でそこだけを抜き出すならばうなずけるところがあった。
「メルトダウン?英語に訳せばそうなりますか?」
結果的に認めたくないという事なのだろうが、
それは根本はメディアも同じだという事。
ただ「メルトダウン」って言いたいだけ違うんか?と。
東電はメルトダウンとも炉心溶融とも言いたくないし、
メディアは口に物が入っていてもメルトダウンと言いたい。
どうなってんだ。
認める方も認めさせたい方も同じだ。
市民である僕に言わせれば、
それを認めるとか認めないとか、真実か嘘かなんて重要ではない。
最初に言った通り社長を守れなかった時点で嘘なんてわかっているんだから。
ここにいる僕らにとって重要なのは、少しでもいいから目に見える形の収束に向け、現実的な進行状況をはっきり教えて欲しいと言う事。
メディアにはそれをわかりやすく噛み砕いて誰もがわかる形にして伝えて欲しいという事。
その為の会見を開いているのに、
話す方はあれで、映す方は会見内容そっちのけでメルトダウン。
馬鹿ばっかりじゃないか。
そりゃあ不安にもなるね。
そして聞きたくもなるさ、
何を怒ってるの?と、メディアにもね。
まぁ、同じような役員がいるところにいるんだから、
そりゃあやっぱり同族嫌悪だね。
うん。
もうすぐ無視されるよ。
ただでさえ誰も期待していないんだから。
日本を背負っているような勘違いと怒りは今すぐやめてほしいね。

お姉様方からのカメラ指導と恋愛相談

僕のテリトリーであるこの付近を通ると、
三人のお姉さんが一面の花畑を見ていた。
一人のお姉さんがこの花畑を作っているらしい。
そこでみんなで花をわけあっていたのだ。
とても素晴らしい光景。
均一ではないが、雑多な草花が目を凝らさせる。
何を撮って良いかわからなくなる所程、写り込む物が面白いのだ。
 「写真撮ってもいいですか?」
僕は何気なく話しかけ了解をもらうと写真を撮り始めた。
すると・・・。
「こっちから撮るのがいいんだよ」
やっぱりきたか・・・。
僕は素直に移動をしてお姉さんの言う通りにしたが・・・。
「それデジカメだべ?だったら伸ばしてここ(杭)を映さない様にするのがいいんだ」
「はぁ、、、」
それから三人のデジカメ指導が始まった。
この距離がいいとか、花の色の種類と写す範囲を決めてくれたりとか。
「バランスが大事なんだ」
まったくだ。
そして僕は昼も昼だったので帰ろうとすると、
「嫁さんもらった方がいいなぁ。あんた学生さん?恋愛結婚望んでんだべ?」
「はぁ、、、まぁそうですね」
恋愛相談というか、無理くりのアドヴァイスを受けた。
「最初は紫のを脇にズラーっと植えようと思ったんだ。でもやってるうちにわけわかんなくなって。アッハッハッハ」。
「さよならぁ・・・」。

綺麗に手入れをされた所は美しい。
けれどやってるうちにわけがわからなくなる花畑はとても田舎的で僕には現実的だ。
何か田舎の花畑が美しいと手入れを欠かさないと勘違いしている人もいるが、
それはまったくのウソで、じっさいには無規律な並びに、楽天的なやり方と人の面白さが相まってこういった物を生む。
大変かと思うかもしれないが実際には非常に楽しんでやっている。
うちのばあちゃんも庭にたくさんの花を植えている。
最初はプランがあるらしいが、
結果「わけがわからなくなる」というのだ。
ある時は雑草と間違えて抜いてしまったり。
だからしらない間にあんな花やこんな花が咲いたり生えてくるのだ。
しかしそれができるのは何よりも土があるからだ。
土があれば雑草でもなんでも生えてくる。
わざわざ作るのではなく、その雑草や土地に合わせてばあちゃん達の美的感覚が働くのだ。
しかしわけがわからなくなるという。
わけがわからなくなるというより、なんとなく面倒臭いんだと思う。
それが田舎の観光ではない花畑。
土。
それは、あれからかけがえの無い物にも、忌むべきものにもなった。
複雑ではあるが、きれいな花が生えてくる土と素敵な人達は変わっていない。
ここで、僕は果たして「汚染されている」と何かできるだろうか?
いや、僕は写真を撮り、その花を摘むだろう。
何年後、それとも今綺麗な花と今素敵な人達。
僕は後者を選ぶ!
そして第三の道を探す。
忌みを落とすのはやはり自然と心だ。

そういえばここを通って思い出した事がある。
この花畑はその昔沼だった気がする。
そしてそこで小学生の頃事件は起こった。
機会があれば書いてみようかと思う。

写真を撮らせてもらいありがとうございました。
良い嫁さんもらいます。
たぶんまた会うのでその時も相談に乗ってね。

福島に子供がいないと言ったのは誰だ?

東京の友人から電話が来た。
「福島には子供がいないんだって?」
はぁ・・・素直さだけで済まされないのはそいつが史上まれに見る腰抜けだからだ。
そいつの腰抜け伝説は幾多に及び、
あんな時もこんな時も逃げては陰に隠れ「どうだった?」と聞くのだ。

そう、
福島に子供はいます。
そして元気に外で遊んでいる子や家族と買い物に出かける人もいます。
勿論色々な規制はあるけれど、その中でも元気に行動している。
一部の活動家が何人いようと福島にはそれ以上に何人の人が住んでいのるかわかってて言ってらっしゃる?
勿論僕は"福島で"活動を始めている人に関しては応援する。
何故なら、
メディアのちょっとした安心と不安のバランスが悪い気がするからね。
しかしそういうメディアの報道だけが福島の総意だと勘違いしないで欲しい。
それを"風評被害"というのは簡単。
今は"風評被害"という言葉をその意味で使った人が風評被害を起こしている。
よく考えてよ。
そっちの方が政治的にもメディア的にもおいしいんだからさ。

その親が何も考えずに子供を外に出していると思っている人も勘違い。
この状況でも元気な子供を見て、
罪悪感に駆られる人がいるぐらい想像つくと思う。
毎晩枕を濡らし、朝どういう態度で子供を送り出すか。
不安はある。
不安はあるが、さて、その不安を誰が"金銭的に"解決してくれるというのだね?
精神面は大分ダメージの連続で鍛えられた。
しかし金銭面となると話しは別だ。
福島と同じ気候と環境と言ったら、
そりゃあセレブ並みのバカンスができる土地と暮らしを用意してもらわなければなるまい。
そうそう、福島はそのぐらい高級な土地なんだぜ?
まぁそうなると何もできないのだ。
何もできないからなんとか送り出し、自分も仕事へ行く。
まぁそこまで暗くはないのだけど、
わかってほしいことです。
何もできないのは国や東電の責任というより、もう出てしまっているのだからという所に多くは起因する。
過ぎた責任等もう取れないのだ。

そういう訳で、
国や企業の方々には"観察や実験"ではなく、
もし子供に何かあった場合しっかりと対応してもらいたい物だ。
僕ら大人や青年は自分で決めたから良いけどね。
責任を取るっていうんじゃなく、それは義務であり覚悟だ。
僕らは覚悟してここにいるんだから、彼らにも覚悟してもらわないと困るね。
そうじゃなかったらその時は僕らだって怒るよ。
持ってして非常に鋭いやり方で。
そのぐらいの準備はしていますよ。
最初に言った通り「覚悟しておけよ」って事で。

ところでその腰抜けの友人と今も一緒にいるのは、
彼は後から「ああすればよかったのに」等と言わない所が好きだからだ。
今回の一連の質問に対してはバカヤロウだけれど。
しかし離れてもっともな事を言う人間程、矛盾した醜悪な過去がある。
結構当たっていると思うよ。

写真はその友人と将来ラスベガスに行こうねーと話しをした場所。
彼は一銭も賭ける事はできないだろう・・・と思いきや、
彼はそんなときこそ強かったりするのだ。
怖がっていても、
新幹線が通ってから福島へ来て実家の手伝いにせいを出していました。
おかげで彼の顔を見たその祖母は病から元気を取り戻し、
今も元気にカラオケに通っている。
そのおばあちゃんがカラオケに行く何て震災前じゃ考えられない事だったんです。

はぁ・・・何故に腰抜けばかりが僕の友人なのだ。
しかし、なんとも僕らが気を強く持って叱咤しないと、
みんな本当は強いのに、立ち上がってくれない人もいる。
やっぱり、
福島県民はタフだと思うね。

2011年5月23日月曜日

Fukushima City at Night 8

ここでシャッターをきるときに
実際の写りを想定はしなかった
ただ頭によぎるイメージそのままになれと思った
その二つが同時になされるのか、またはどちらが勝つかのも
わからないまま
ただ...
想像どおりになって欲しいと
いつもひそかに祈るだけ...
タルコフスキーは映画のラッシュをみて
「この大嘘つきめが!」と言って
カメラを地面に叩きつけたらしいけど
わたしにおいては買い替えたばかりのカメラを
そんなふうにできるわけもなく
しっかり己の非を認め
まだまだ精進しなければと考えた
技術的に思考的にも
いつかカメラをぶん投げることができるようになるまで
精進しなきゃ

市町村の家屋の被害状況

福島    全壊 133  半壊 759  一部損壊 3,630

会津若松   全壊  -  半壊 3  一部損壊 26

郡山   全壊 1,015  半壊 2,602  一部損壊 13,697

いわき  全壊 4,953  半壊 8,167  一部損壊 5,806

白河  全壊 92  半壊 120  一部損壊 1,272

須賀川 全壊 440  半壊 937  一部損壊 8,028

相馬  全壊 1,120  半壊 392  一部損壊  -

二本松  全壊 2   半壊 25  一部損壊 427

田村   全壊 5   半壊 1  一部損壊 1,105

南相馬  全壊 4,682  半壊 975  一部損壊  -

伊達  全壊 9  半壊 45  一部損壊 3,926

本宮   全壊 2  半壊 13  一部損壊 1,040

桑折  全壊 50  半壊 128  一部損壊 744

国見  全壊 60   半壊 139  一部損壊 1,262

川俣  全壊 28  半壊 12  一部損壊 253

大玉  全壊 2  半壊 2  一部損壊 331

鏡石  全壊 71   半壊 179  一部損壊 1,095

磐梯  全壊  -   半壊  -  一部損壊 4

天栄  全壊 53  半壊 107  一部損壊  -  

猪苗代  全壊 10  半壊 12  一部損壊 252

会津坂下  全壊 2  半壊 6  一部損壊 103

湯川   全壊  -    半壊 1  一部損壊 18

会津美里  全壊  -  半壊  -  一部損壊 11

西郷   全壊 20  半壊 130  一部損壊 694

泉崎   全壊 31  半壊 84  一部損壊 116

中島   全壊 3   半壊 12  一部損壊 971

矢吹   全壊 208  半壊 972  一部損壊 1,261

棚倉   全壊 1  半壊1  一部損壊 594

矢祭   全壊  -  半壊  -  一部損壊 41

塙   全壊  -  半壊  -  一部損壊 270

鮫川   全壊  -  半壊  -  一部損壊 25

石川   全壊 1  半壊 11  一部損壊 650

玉川   全壊  -  半壊 7  一部損壊 595

平田   全壊  -  半壊  -  一部損壊 80

浅川   全壊  -  半壊 1  一部損壊 377

古殿   全壊  -  半壊 5  一部損壊 291

三春   全壊 8  半壊 18  一部損壊 556

小野   全壊 4  半壊 10  一部損壊 557

広野   全壊 102  半壊 38  一部損壊  -

楢葉   全壊 50  半壊  -  一部損壊  -

川内   全壊  -  半壊  -  一部損壊 20

大熊   全壊 30  半壊  -  一部損壊  -

双葉   全壊 58  半壊 5  一部損壊  -

新地   全壊 548  半壊 -  一部損壊  -

合計   全壊 13,793  半壊 15,919  一部損壊 50,128

※22日現在、市町村から県災害対策本部に報告された数(単位:棟)

警戒区域などに指定され被害調査が進んでいない市町村以外の被害数

(5/23福島民報新聞掲載)

Fukushima on my mind

Kenjiも書いていたが、
二ヶ月目にして何か東日本の未来が怪しくなっている雰囲気がある。
しかしこれだけは全世界に言わねばならない。
福島県は終わっていない!
ジェームズブラウンのJ.b'sの様にファンキーな土地だ。
ただまだジェームズやマイケルがいないってだけ。
J.b'sの前史だってかなり危ういものだったじゃないか。

外で好き勝手言っている連中に一言。
ちょっと黙っていてくれよ。
というのも、
皆が「子供、子供」と言うから、
僕の親戚や聞く限りの子供達はグレ始めているじゃないか。
あなたが子供だった時に「大丈夫?」と何回も言われたらどうする?
僕は「大丈夫」のせいでグレかけた友人を知ってる。
子供の耳に聞こえる程の「子供を守ろう」。
それを毎日聞かされまくっている子供はこう思う。
「俺たちは大人に何て守ってもらってないよ!大人がこうしたんじゃないか!」
YES
子供達は郷土愛と誇りを取り戻しつつ在る。
「僕らが未来をつくるんだ」と。
エヴァンゲリオンの誕生だ。
いや、それじゃあ駄目か・・・。

そんな大人達の中でも元気な人達は店を開け、毎日働いて、そして人へ会いに行く。
現場の人達は目の前の事に今も制服もない状態で向かって行く。
彼らはこの状態で一見何の行動も起こしてなく、無関心で、放射能に諦め、あるいは慣れてしまったかの様に見える。
言い方を変えれば田舎特有の馬鹿さ。
そうだよね?
外で色々やっている諸君。
しかしそうじゃない。
あれ以来僕らの生活に一日たりとも『放射能』の言葉が出ない日はないんだ。
何処へ行っても放射能の話題。
僕らは一ヶ月に一度くらいは何処かのビーチで傍観したい気にもなるってもんだ。
でもできないんだよ。
何故なら、ここの太陽は世界一美しいからね。
離れられないんだ。
そこに関しては大バカやろうだね。

Georgia On My Mind
たくさんの人の手が、私に向かって差しのべられる。
たくさんの人の優しい微笑みが、私に向かってそそがれる。
そんな夢のようなしあわせの中にいてもなお、
君のもとへ帰る道を、私は今もみつめている。


そう、差し伸べる手は温かい。
誰もが最終的には福島や東北を思ってくれている気持ちは有り難い。
そう思いたい。
しかし、
僕らの心はここにあるんだよ。
離れても、離れられなくてもここにあるんだ。

これはホリデーでもアームストロングでもチャールズでもない!
JBの"Georgia On My Mind"だ。
それ以外今は認めない!
そしてJBは"Bewildered"で歌っている。
Bewildered〜Lost In a Dream〜I Need....
ラブソングが必要だ。
ラブソングとは元々は故郷を思う黒人から生まれ、
それが捻くれた白人に伝わりロックンロールになり、
大人が"無くしたもの"を歌うと言う命題になった。
昔の福島何て戻ってきやしない。
けれど思う事と作る事はできる。
福島県民よ。
福島は、日本は終わっているかい?
いや、
僕はそうは思わないね。
今日会ったお店の人たちは「自分たちが店を閉めれば誰かが寂しい」という事を知っている。そしてその人達から力をもらっている。
それは誰だって、ここに居る人は同じだ。
ここがスラムになろうと僕は戻ってくるだろう。
東京で楽しく有意義なスナップをしていても、
ここを撮らずにはいられないだろう。
そしてその人達は居るだろう。
だから僕は戻って来てカメラを向けるのだ。


不安?
不安ばかりだよ。
でも、
不安からはポジティブになろうとする力しか生まれない。
今一番強いのは、
このネガティブの中ポジティブな力で世界に示す事だ。
僕らが元気だという事を。

Fukushima City at Night 7



自分の仕事はそういう仕事//不機嫌で無意味なイデオロギー

「自分の仕事はそういう仕事」
ある人が言っていた言葉。

インターネットには様々な事が書いてある。
心ない言葉、真実であれ、
「逃げなかった奴は5年後、10年後、癌で苦しむ事になる」
いいだろう。
でも、
僕らがあの日逃げれば目の前の人達はどうなったのだろう?
そして今福島市内で笑顔で活動している人達がいなくなったら、
残った人達はどこに笑顔をもらいに行けば、何処に愚痴を言いにいけるのだろう。

そんなネガティブの中、
一つの言葉があった。
関東も汚染されているという言葉に対する返答だ。
「結構だね。東北の為に頑張らなくちゃ行けない。結局、東北を助けるのは関東がメインだからね。癌で苦しんで死ぬさ」

死ぬ事の何が怖いのだろう。
あの時にとった行動、今とっている行動。
それは死と比べてそんなにも間違っている行動なのか。
死が何よりも悲しい物、辛い物と決めつけたのは誰だろう。
逃げて使命を投げ出す事は果たして正しいのか。

今まで、
死ぬ事も生きる事にも何の意義も意味も持たなかった。
ある人達は国の為に死んで行った。
肯定や否定以前に、
僕は目的を持った生や死が羨ましく思う事があった。
誰かの為に生き、誰かの為に死ぬ。
言葉だけじゃなく、僕ら東日本の人間は今それを体現している。
(気付いていてもそうじゃなくとも)
ただ写真を撮る事、ただお店を開ける事。
それが生死とイコールになっている。

現場の人から「やってやろう!」とメールが来た。
何を?
わからないけど、
今は全ての行動が「やってやろう!」だ。

二ヶ月。
国も企業もメディアもバラバラだ。
でもそれはそれだけを見ているから。
それだけを日本と呼ぶから。
身の回りや、土地を見れば、一人一人が繋がっている事に気付く。
団結をしなくても、ここにいるという個人は変わらない。
誰に指図されなくとも、誰に教えられなくても、
僕らは既に生きている。

何も、誰も信じられないなら日本の土地を信じよう。
僕ら日本人は古くはそういう民俗だった。
国の前にその為に生きて死んだ。
その土地の名残りを田畑や海や山々にみつけに行こう。
何故自然に触れると気分が良くなるのか?
答えは僕らが帰るところにある。

2011年5月22日日曜日

Fukushima City at Night 6

結婚式や二次会で賑わっているのは、
カエルでした。

Fukushima City at Night 5