2011年5月7日土曜日

SUN +K+US


(サークルKサンクスHPより)

『看板としても使用されている「SUN」と「US」の間に
靴を履いて帽子をかぶっている「K」が陽気に歩いているように見えます。
これは、「お子様でも安心してご利用いただけるお店」を表しています。』

なるほど

『カラーデザインについて』

1,「赤」と「黄色」は太陽の明るさと暖かさをイメージし、
お客様へ心温まる、愛と親しみのある親切なお店を表しています。

わたしの行くサンクスでは心温まる接客だし
愛と親しみを大いに感じる

2,「白」は清潔で、しかも清掃の行き届いたお店を表しています。

気にして見ないが気にならないということは
綺麗にされているということだろう

3,「緑」は品切れがなく、新鮮で、しかも安全を意味しており
鮮度管理が徹底され、お客様が安心してご利用いただける
お店を表しています。

?

「新鮮で」からのくだりに問題はない

「品切れがなく」...

なんて余計な一言なんだろう
長い間「品切れ状態」が続いてしまった

なんか責めたてるような感じになったけど
わたしはサンクスが好きです

サンクス南沢又店

宮城県 石巻市 津波後3

以下は投稿者から

「瓦礫の撤去は市から援助を受けられます。
地区毎にということですが、
とにかく広範囲なので時間がかかるようです。
また瓦礫撤去ボランティアの受け入れ状況は
被害の状況により異なるが
状況によっては1ヶ月待ちという話です。」

写真投稿Mさん

震災と友人の韓国人

その韓国人と出会ったのは丸の内だった。
自分のスナップ主戦場である丸の内で写真を撮っていると、
その韓国人が「皇居はどこですか?」と道を訪ねて来たのだった。
彼は英語を話せたので、
僕は片言ながら彼と一緒に皇居まで歩く事にした。
「まさか皇居に着いたら何か始める気じゃ・・・」
皇居につくと彼は言った。
「こんなに美しい場所が日本にはあるんですね」

以来彼とは一ヶ月に一回程メールをやり取りする様になった。
彼とメールをすると一回は日本の悪口を言われる。
だから僕も言い返す。
もしくは逆のパターンもある。
けれど、
最後はいつもお互いの健康を願って終わるのだ。
世間では韓国と日本について色々とある。
けれど悪口は、悪口ではない場合だってある。
そう、
友達に言う冗談の様な。

彼が日本に来る理由は『農業』である。
アメリカに住んでいて、
彼の会社から農業を学びに来ているのだった。
彼はその話しになるといつも言う。
僕が福島という土地で農業と自然の近くにいる事を「素晴らしい」と。
更に「どうしてTokyoの人はそれがわからないのですか?」と。
カタコトの日本語で言われると結構やられてしまう。
だから「それは僕だって一緒なんだよ」と伝えるのだ。

震災の次の日。
僕の家に電話が来た。
それは彼からで、
共通の友人である僕の弟から話しを聞いて僕の実家に電話をかけて来たのだ。
携帯電話は殆ど繋がらなかった
ばあちゃんが取ったのだがまるで言葉が通じなかったのだろう、
ばあちゃんは怒りながら僕に受話器を渡した。
「何話してるかわかんねぇ」
僕は緊急地震速報の嵐の中電話に出た。
「大丈夫ですか?弟さんから聞きました。かけてしまってごめんなさい。大丈夫ですか?大丈夫なら良いです。大丈夫ですか?」
片言の日本語にはやられるんだよ。

そして彼はアメリカに戻った。

最近弟から聞いた話しによると、
彼は「行くな」と言う会社の声を押し切って
3月の終わりにまた日本へやってきたのだという。
彼はその事を僕に話しはしなかった。
「またTokyoで会いましょう」ただそれだけで、
いつもの通り日本の悪口と、彼が大好きな日本酒について話すのだった。
「ここだけの話し、マッコリより好きです」
僕もある種の漬け物よりキムチが最高に好きだよ。

後から知った事だが彼はゲイだ。
僕は何故かそういう人達を引きつける能力があるらしい。
そういうモテ方は困るが色々な意味で世界は広い。
僕と弟がクラブへ行ったとき、
そのまるでそっちの風貌でボーフレンドとやって来た彼に
二人で爆笑してしまった。
「どういうことだよ!」と。
偏見の隙もなかった。
でも、
それが何の意味を持ち、何の世界へ向かわせるというのだろう。
僕らは人間である事に変わりはない。
僕が目の前の家族と友人の事で精一杯だった時に、
色々な人から連絡をもらった。
申し訳ないけど、その時は返せる暇はなくて、
暇がない事でこのブログができた。

そしてその人達はいつもの通り接してくれていて、
僕よりも震災や放射能に関する色々な事を影で学んでいて、
知らないところでサポートしてくれている。
それを後から知って、
まったくこの世の中の素晴らしさに気付くのだ。
人の繋がりの間に国は関係ない。
関係はないが、やはり戻らなければ行けない時はある。
その行動だけでは決められない。
言葉だけでも決められない。
通じなくても決められない。
けれどその純粋さだけが、また行動と言葉になっていくのだ。

放射能といじめ//Talking to Me

ある家族が子供をつれて被災地へ行った。
子供にその光景を見せる為だった。
家に帰って来た子供は口を聞かなくなった。

県外へ避難、又は引っ越して行った人がいじめに遭うのは
容易に想像できる。
子供は残酷だ。
いじめる側は当たり前に放射能の事なんて『怖い』以外にわからない。
その親や大人が教えれば良いと言っても、
経験をしていないのだから本当の意味で知る事なんてできない。

被災地で撮られた数々の写真に強く胸を打たれる。
山や海で静かに暮らしていた人達の皺の年輪が、
この出来事の凄まじさを物語っている。
これだけ堪える民俗が更に年輪に過酷を刻む。
子供を抱く自衛隊の笑顔は、
そんな場所でさえ人が笑顔になれる事を教えてくれる。
そして最後の人は、
そういえば
I Love Youという言葉があるが、
震災から僅か二ヶ月で起きているいくつかの事が不純でならない。

僕らKenjiが撮る写真は、
ここにある写真程ドラマティックではない。
僕らは言わば隙間産業だから。
でも、
僕らが見て来た地の人は、
今も同じ様に人と土地を大事に思っている。
色々な問題はあるけれど、
どうにかその土地で生きようと手をつないだり、
喧嘩をしたりしている。
まだまだそれは続くから。
僕らは出かける度に、
ローカルなコミュニケーションの取り方をもっと繋げて行こうと思うのだ。

いじめは仕方がない。
そんな風に、
子供の頃から変わっていたり、
差別されていたりして大人になった人間、
そう、僕や現場で働くいくつかの友人、
僕のおかしな夜の世界に住む友人、
彼らはきっとみんな言うだろう。
僕だって何かなければキヨシローなんて聴いていないのだ。
僕らが今そう言えるのは、
その都度自分がそうされる原因から逃げなかったからだ。
理解しようとして、自分を狭めないで、でかい夢を見た。
助けてくれる人なんて何処にもいなかったと思っていたよ。
でも本当は存在していた事を自分が見れていなかったと気付いた時、
偏見のいくつかは愛から来るものだと理解できる。

そういう出来事は時間が経つ毎に減って行くもんだよ。
保証する。
けれど、
自分自身が根に持っていては終わるばかりか、
大人になりもっと酷いいじめに自分が参加する事になってしまう。
いじめに遭う子供がいじめの理由を理解していなければ、
相手に伝えることはできない。

県外に行く家族は子供に大人以上の放射能の教育をして欲しい。
曖昧に「放射能」だけでいじめられていると思ってしまったら、
その子供の将来は、
そして何より福島県に住む人達の将来はどうなってしまうんだね?
一番に怖いのは根本的ないじめの原因をわからないまま大人になってしまう事だ。
しかしあなたの子供がどうなろうが僕には関係ない。
でも僕の土地や家族は関係がある。
あなたがここで暮らしていたなら、
それは何処かで繋がっていたのだから。

もしこれをそのいじめられていた本人が見ているのなら伝えたい事がある。
負けないで、強く生きろ。
そしてその悲しみや怒りは将来の為にとっておけ。
とっておけばその意味が人間を知る為のヒントになる。
自分より辛い人がいるなんて考え方はしない方が良い。
地震、津波、原発事故、放射能。
直接の被害、間接の被害。
君は世界で一番不幸なのだから。
君は子供でいる事で世界一不幸なのだから。
不幸なのだからその不幸の意味を知るんだ。
誰よりも知れた時、
その不幸はなくなるよ。
そして写真の人達の様に人の事で泣いたり笑ったりできる様になる。
君がいない間、
福島はもしかしてもっと大変になるかもしれない。
それも気に病むな。
君には君のやる事がある。
君の家族も兄弟も誰も悪くない。
その経験を大事にするんだ。

 Mayor of Simpleton
And I may be the Mayor of Simpleton
私はまぬけの市の市長かもしれない
But I know one thing and that's I love you
それでも一つだけ、君(達)を愛している
When their logic grows cold and all thinking gets done
理論がつまらなくなって、全ての考えが詰まってしまった時
You'll be warm in the arms of the Mayor of Simpleton
君も僕の"まぬけの市"の腕の中で心地よくなるよ


イギリスのバンドは、
特に詩にぶっ飛ばされるんだよ。
とても捻くれていて、知己に飛んでいる。
XTCというバンドもそうだ。
僕は子供の頃この曲をラジオで聴いて考えるのを止めにして、
バカボンのパパが行った大学へ行こうと決心した。
海外の曲は英語だから歌詞が気になる、
だから英語を勉強する、
ところがイギリスのバンドの歌詞を完全に理解するには、
彼らの血と感性に入った文学を理解する必要もある。
そんな事をやっているうちに、
人は大人になる。
だからそんな君もこういうの聴いて不良になって、
イギリスとかフランスとか行けば良い。
不思議な事にヨーロッパの不良はインテリが多いんだ。
だけど鍛えられた感性で
ここに戻って来て何か始めるのはもっと良い。

これを見れたなら、
今ある世界がそれだけだと、
口を聞かなくなるには君は成長し過ぎているのだから。

遠くに行く福島県民。
どうか元気で。
気が向いたらまた戻って来て欲しい。
そして遠くでこのブログを見る事があったら、
いつか写真の土地の為に、
 還元していってもらいたい。

写真はインターネットからちらほら
時間が経つ程に生きてくる

宮城県 石巻市 津波後2

写真を投稿してくれたMさんの自宅にも
混乱に乗じて空巣が侵入していた形跡があった

福島市に住むわたしは毎日沿岸部に向かう
警察車両の列を目撃する

滋賀県警、愛知県警、静岡県警、岐阜県警

空巣を防ぐためだけでなく
多岐にわたる仕事があるのだろう

知らない又は知らされないだけで
沢山のひとが被災地へ様々なかたちで支援してくれている

空巣に入る人にはガッカリだ
私はこの震災でひとつ勉強になったことがある
それは「その人」の人間性だ
想像力が豊かな人は変わらず優しく
たくさんの配慮がある
次に意外と臆病な人もいて
なんだかこちらが気を強く持てたこともあった
さらに
相変わらず自分のことしか考えてない人
いつだってそうなんだから
また
膨大な数の情報に流され混乱し我を見失う人
可愛いのは最初だけだよ
そろそろしっかりしなきゃ
最後に
この震災に気づいていないかのような人
(3月10日から宇宙旅行を満喫し先日帰ってきたかのようだ)
彼らには言葉が通じない

いろんな見分けがつくようになった
善くも悪くも

写真投稿Mさん

宮城県 石巻市 津波後1


写真は宮城県石巻市にある投稿者の自宅

津波に襲われた日から
もうすぐ
2ヶ月

避難所から自宅に通い片付けを始めて
もうすぐ
2ヶ月

写真投稿Mさん

2011年5月6日金曜日

アンナのルージュに染まるホープ

3月11日に起きた地震の影響で失い続けているものがある
HOPE
(ネガティブな意味でなく煙草の銘柄です)
9年をともに生き、どんな瞬間も味わってきた
いまは私の手元にない
震災により一部の銘柄で入荷の見通しがたっていないのだ
煙草がやめられない私は現在ほかの銘柄を買っている
家族や友達の前で煙草を吸うと「あれ?」と首を傾げられてしまう
まるで長い間連れ添った妻とは別の女性と
キスしている瞬間を目撃された心地だ
ウシロメタイ
「妻」と離れてから私は
それは色々な女性に口づけをした
古風な女性、未熟な女性、知的な女性、おかしな臭いの女性
でもあの口づけは忘れることはできない
ここでどうか
何故HOPEかを説明させて下さい
ありがとうございます
それは忘れられない夢のせいだ
季節は秋
とても嫌な夜があり
酒に頼り、酒に潰され
やがて透明な朝がきて
ひとりぼっちで家路を辿る途中
ひとりの女性に声をかけられる
「煙草ない」
「あるよ」
彼女にも嫌な夜であったらしい
火をつけてあげる
「美味しい」
「よかった」
真っ赤な口紅で優しく煙草をくわえ微笑む
(夢の中ではアンナ・カリーナ)
「なんて名前」
「ケンジ」
「いや煙草の銘柄なんだけど」
「あ、これ?」
「そう」
「HOPEだよ」
告白に似た言葉
「ありがと」

夢でなくこういった場面にでくわした時に
その名を呼ぶのがHOPEであって欲しいのだ
いまはこんなだから尚更

マルボロでは全然違う
まず意味がわからない
KENT?
名前なのは確かだが
こっちの身になって欲しい

彼女に希望を与えるのが私の役目なんだから

写真投稿Dさん

飯坂温泉12



飯坂温泉11

あの揺れに耐えたようです

飯坂温泉10

こういうのって言ったものがちです
ん?
ラジウム温泉
「放射性同位体が含まれる」
効能
「ホルミシス効果による免疫細胞の活性化による効能がある」

ホルミシス効果?
「生物に対して通常有害なものを示すものが
微量であれば逆に良い作用を示す生理的刺激作用をいい
特に自然放射線の人体への健康効果を指す」

なるほど
でも「ホルミシス効果」って
なんだか口に出していうと
舌を噛み切りそう

震災後の福島県伊達市国見町

2011年5月5日木曜日

居合い切りのバードシューター

写真の先生に「もっと人を撮れ」と言われた事がある。
今の時代に人を撮るのは難しい。
難しいんだけど、
もっと難しいのは相手を自分の距離に入れる事。
そこにはコミュニケーションの妙がある。
僕の現在の距離は75㎜あたり。
けれど彼の達人や先生の様に35〜50mmまで寄って行ける様に精進したい。
入れる事、寄る事、
反し合う様で、
カメラをやっていると人との距離やコミュニケーションについて学ぶ事ができる。
写真にそれが表れた瞬間と言ったら、
もう言葉にできない。
表情、動き、
なんて瞬間なんだとその人が赤の他人でも友達の様に思えてしまうのだ。

先日東京丸の内にて友人を横にスナップをしていると
友人が言った「ファインダー見ないで何レンズ触ってんの?」
僕は気付かなかったが、
どうも目に入る物に合わせぐるぐるやっていた。
完全に癖になっている様だった。
なんとなく自分の距離という物ができつつあって、
今怖いのはそれが癖になって距離に依存してしまわないか・・・。
そう、僕は女性にも依存してまうところがあるのだ・・・バカヤロウ!
と突っ込んでもらいたい。
まだまだ若いので多くのレンズを試せないのは不幸である。

彼の達人は『スナップは居合い切り』と言っていたらしい。
僕はカッコいいなと思うけれど良くわからなかった。
しかし先日撮れた一枚の写真でその言葉がよみがえる。
そして思った。
『75㎜は居合い切りバードシューター』
その時の事を考えると自分はやっぱりレンズをぐるぐるとやっていた。
そして勿論ファインダーは覗かず、
居合いの如くカメラを動かし鳥に向かってシャッターをきった。
まさに侍と狩人のコラボレーション。
その後僕は鳥の尻ばかりを追いかけていた・・・。

なんとなく、
なんとなく動物は行ける様になってきたのかもしれない。
ところが人間となると同じ方法でも壁がある。
しかも先ず目標は50㎜だ。
そればっかりは経験を積み重ねて行くしかない。
色々な人と話し、色々なところへ行くのだ。
それが一番の修行。
服装も大事だ。
それこそまるでカメラマンな格好なら、
居合い切りで背中の三脚がふっ飛んで行くに違いない。
しかし最高にCoolな服装で背中の粋が飛んだ時は、
渋谷の坂を上がった夜のお城まで一直線である。

そういいながら今回の写真は。
裸でしかも感情がないと来た。
裸で感情がないのはある種の場所では最悪のパターンである。
失敬。
銅像を相手に居合い切りはできない。
考えただけで恥ずかしくなる。
せいぜいバードシューターに集中するばかりだ。
しかし、
止まっている物を撮る時は自分自身を見る事になる。
それもまたもや妙があるのだ。

このブログを見てカメラに興味を持った方がいたら嬉しい。
「写真まで撮れちゃうんだよ!」
先生の落ちである。
そう、人とコミュニュケーションがとれて、
尚かつ己まで知る事ができる。
それで写真まで撮れちゃうんだよ?
記録できちゃうんだよ?
芸術はそれからで宜しい。
ギターやペンで自殺はできるけどカメラじゃ無理だから。
先ずは・・・、
GRデジタルとMacbook Airを選んでみよう。
カメラの面白さ、難しさ、
僕は色々触りつつあるけれど今でもGRの良さにはまる事がある。
それぐらい良いカメラ。
Macbook Airは美しいから。
美しいからそれで作業するだけでアーティスト感覚が味わえる。
そういうのって大事です。
お金がない?
じゃあ携帯で撮ってFriend Fukushimaに送ってみよう。
何気ない写真でも結構自分っていうのは出るもんだよ?
フィルムがやりたい?
お勧めしません。
自分に対する言い訳の連続にあなたが堪えれるか・・・。

まだまだ僕らは色々なところへ行きます。
今回は国見でした。
それぞれの土地にそれぞれの人。
国見、国見の人達。
また色々なところ撮らせてください。
国見で居合い切りバードシューター。
ツバメ返しをされる前に。
ありがとう!

動画も是非!

国見36


国見35

国見34